口癖から思考の癖に気付く

昨年の11月に急に始めたわたしのポッドキャスト「世界の果てのわたくしごと」。

自分が話しているのを何度も聞くこともなかったのですが、先日作業場のスピーカーを変えたところ、低音の雑音が結構気になることに気付いて過去回も順に聞き直してみました。それで気付いたのですが、わたしはすぐ「〜すべきだな」「〜したほうがいいな」などと言っているなぁと。

自分ではどちらかというと能動的なタイプだと自己認識していて、実際動くときは自分で決めて動いている方だとはおもいます。でもその根拠となる思考パターンは、自分の内からわいてきているものなのか?と思うと少し違う気かなと。結構前例や慣習、もっとわかりやすく言うと周囲の目などにとらわれていることが多いのでは?と薄々感じていました。行動力はあるし、やると決めたことには結構真面目に取り組めるのですが、あるタイミングで嫌になってくることが多いのは、自分が心からやりたいな、こうなりたいながベースにないからかもしれないです。同じ「すべきこと」という表現でも、前につくことばが「やりたいことのために」なのか、「世間的にやっといたほうがいいってことになってるから」がつくかでモチベーションの持続力、うまくいかなくても続けられるかどうか、にすごく関わるような気がしています。

これはもう周りからの教えで無意識に選択してきたことなのでしかたないですが、わたしは今までは「世間的にやっといたほうがいいってことになってるから」が考えの一番最初に必ず出てきていたとおもいます。そしてそれをクリアしないと「やりたいこと」をやってはいけない、できないと勝手に思っていました。それが苦手な人、やらずに回避してきた人もいっぱいいると急に気付きました。そしてこれからの人生は、「やりたいことのために」に時間を使いたいと思っています。大きな決断の方向性を変えるということではなく、日々の小さな決断をいちいち検証してできるだけ「やりたいことのために」に塗り替えていきたい。そうすることで長い目で見て今までの選択では見えてこなかった道が見えてくる気がしています。

そんな変化がにじみ出るといいなという気持ちでポッドキャストをやっています。これは本当にやりたいから。なんでもない一般人の日々の話に誰も興味持たないよとか、なにかニッチなテーマを選んだほうがいいとか、いろんなセオリーを読んだんです。やっぱりやるなら色んな人に聞いてもらいたい気もするし、そうなることで自分に戻ってくるものがあるのかなとかぐるぐるぐるぐる。でもなんかいろいろ見てから

・・・・・もう、そういうのいいや!

ってなったんですね。どうなるかわからないけど。周りの人の期待に応えようとしないで生きてみます。